リレーBLOG第2弾:コロナ禍における日本−台湾の2拠点生活について
第2弾は2期生の川口が担当します。
私は企業勤めの人間ではないので、日々ゆるく暮らしております。「働き方改革」という言葉、最近はあまり耳にする機会も減りましたが、自分がどのように働くかを自分で決められる立場というのは、ある意味で究極の働き方なのだろうと思う次第です。
現在は全国の自治体に対して情報技術を用いた組織改革を支援しており、常時10団体ほどの業務に携わっています。最近、ようやく行政分野でもDX(デジタルトランスフォーメーション)なる概念が浸透してきており、お声掛けいただく機会が増えてまいりました。
日本−台湾の2拠点生活
実は一年前(2020年2月)に個人的な事情で台湾(台北市)にも居を構えることになり、日本と台湾を往復する生活を送っています。
それまではお声掛けいただいた自治体まで足を運び、その地で仕事をするというノマドワーカー(死語)でした。仕事先からさらに次の仕事先へと移動する生活に限界を感じ、少しずつリモートワークの頻度を増やしてきた結果、最終的には「現地にいたほうがいいけど、いなくてもさほど支障はない」程度まで自由にさせてもらえるようになりました。
その上で居住先が台湾になったのは本当に偶然なのですが「台湾から見れば日本国内はどこでも同じ」という状況になったため、仕事先に行くタイミングを調整して、隔週ぐらいの頻度で往復していました。
そんな中での新型コロナウイルス感染症の流行です。昨年の1月15日に武漢で感染者が確認された直後、台湾政府は中国大陸との往来を一部制限しましたが、この段階では日本との往来は特に制限されていませんでした。その間に台湾での生活の基盤を作ったものの、あれよあれよと言う間に日本でも感染が拡がり、後はみなさんもご承知のとおりの状況です。
元々、台湾と日本はビザの相互免除がされていたのですが、現在はビザの発給を受けないと入境(入国)できません。私もしばらくの間は台湾に入境することができませんでした。この写真は特別入境許可を得たときに発給されたビザです。”SPECIAL ENTRY PERMIT FOR COVID-19 OUTBREAK”と書かれているのが生々しいです。
日本と台湾の往復はできるようになったものの、台湾政府は感染拡大を防ぐために、水際対策をとるようになりました。外国からの入境者に対して14日間の居宅隔離を義務付けたのです(結果的にこの対策は台湾の感染拡大を防ぐ有効な手立てとなりました)。
もちろん私も居宅隔離者としてホテルの部屋から出られない生活を送ることになります。この写真は初回の居宅隔離中にホテルから差し入れされたお弁当です。最初は泣きそうになりました(笑)。ところが人間の順応性とは素晴らしく、2回目の居宅隔離の時にはもう平気になっていました。
台湾の新型コロナウイルス感染状況
御存知のとおり、台湾は新型コロナウイルス感染症対策は非常にうまくできている国で、これまでの死者は累計で7名。先日、約8ヶ月ぶりに桃園市の病院でクラスタが発生しましたが全て接触者の追跡ができていますので、市中感染のリスクは低い状況です。
この写真は昨年10月の台北市内のナイトマーケットの様子です。ご覧いただくと人が密集しているにも関わらずマスクをしている人が少ないことがわかるでしょう。もちろん公共交通機関や屋内の施設(スーパーマーケット)ではマスク着用となっています。
一方、感染者との接触状況を追跡するために、一部の施設では入場者の実名登録も行われています。方法はとても簡単で、身分証(IDカード)のバーコードをスキャンするだけです。この写真は台北市動物園の入園風景です。
このような状況でも、最近の台湾経済は好調です。アメリカと中国との関係変化の影響もありますが、巣ごもり生活で電子デバイスの販売量が増加していることで半導体需要が高まってきており、春節の期間も休み返上で増産体制を続けるという報道もあります。
新型コロナウイルス対策のトリレンマ
作家の橘玲さんが興味深い指摘をしています。「新型コロナの問題を『感染抑制』『経済活動再開』『プライバシー保護』のトリレンマとして考える」というものです。
今の日本は市中感染リスクが排除できない中で、経済活動を停滞させたくないという思惑からロックダウンのような強硬な手段を避ける傾向にあります。また一部の国(中国とかシンガポールとか)では政府による国民の集中管理の中で感染者を特定し、個別に行動を抑制する政策をとっていますが、日本ではプライバシー保護の観点から徹底できません。
この関係を理解した上で、さらに私から指摘をするとすれば「制御できるトリレンマの大きさには限界がある」ということでしょう。残念ながら日本はトリレンマのサイズが大きくなりすぎて、もはや制御しようにも手遅れなのです。すなわち、早い段階で水際対策(ゾーニング)を完成させた地域の対策が成功している、という単純な話なのかもしれません。
ちなみに私の専門は自治体の情報政策であり、その中には情報セキュリティも含まれています。情報セキュリティの分野では「セキュリティの強固さ」「利用者の利便性」「コスト」のトリレンマがあり、境界防御(ゾーニング)によるリスクの局所化をした上でこれらを制御することがセオリーとなっています。まさにこれらの事象は相似形になっていると強く実感した次第です。
台湾にあって、日本にないもの
日本はなぜ現在のような状況を招いたのでしょうか? 私は「日本には民主主義が欠けているのではないか」と仮説を立てています。中国のような政治体制の国は政府が強権を発動しやすく、それによって感染拡大を防いでいる一面もあります。
一方、台湾は民主主義政府でありながら、この難局をくぐり抜けており、その背景には(一見矛盾しているように思われるかもしれませんが)真の民主主義が機能していることが要因なのではと私は考えます。
実は台湾の民主化の歴史は意外に浅く、1980年代は政治的な混乱が続いていました。現在の状態になったのは比較的最近のことと言えます。
台湾のデジタル大臣であるオードリー・タン氏が「民主主義は技術であり、イノベーションである」という趣旨の発言をしたことがありましたが、台湾の人たちにとって民主主義は自ら獲得したものであり、常に意識をしていなければ維持できないものなのです。 台湾の新型コロナウイルス対策においては、情報技術の活用という面ばかりがクローズアップされていますが、その根底にあるのは民主主義です。特に有効に機能している要因を4つ(実際は3+1)挙げてみます。
・初動の速さ
・絶対的な透明性
・施策のフィードバックに基づく逐次の改善
・上記3つと相互作用する政府への信頼
現在の日本政府は、これらの一つも実現できていないのではないでしょうか?
水際対策を完成させるために、早い段階で他国との往来を制限しましたし、マスクが当初不足していた時には、マスクの販売場所が確認できるアプリを開発するとともに、購入履歴を管理して買い占めをさせないようにしました。日本ではあまり報道されていませんが、季節性インフルエンザのワクチンの確保において目論見が外れてしまったときも、謝罪した上で科学的見地に基づく背景を説明し、解決するまでの期間の見通しを示しました。
一方、居宅隔離のルールを破った人に対しては多額の罰金を課すこともありますし、朝令暮改というか、ルールが頻繁に変わりますので、翻弄されることも少なくありません。それでも台湾の人たちが現在の政策を概ね受け入れているのは、「我慢」や「諦め」ではなく「信頼」と「納得」に基づいているからだと私は考えています。
蛇足ですが、うちの近所の幼稚園の風景をご紹介しましょう。
これは新年度になって、新しいクラスの名前を「投票」で決めている場面です。
クラスの名前は「お上」から与えられるものではなく、自分たちの意思で決めるのです。投票しているのはもちろん幼稚園の子どもたちです。民主主義の大切さはこういうところから養われているのですね。
むすび
この文章を書いているのは春節(旧正月休み)の直前でして、春節の間に日本に一時帰国しようと考えていたのですが、帰国の日程が未だに決まらないという状況です(正確には帰国できるけど、再入国が難しくなるという状況)。
仕事はすべてリモートでできるというものの、日本での細々とした事務処理が滞っていて、年度末までにはなんとか帰国したいところです。